【コラム:イソマイの建築楽(ケンチクガク)】世田谷編#8 等々力と隈研吾


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隈研吾氏と世田谷の建築についての関わりを探る旅。第3回目は世田谷区等々力にある『村井正誠記念美術館』についてご紹介します。

同館の開館時期は春期3月~5月、秋期9月~11月の日曜日のみ。開館時間11時~13時、14時~16時。来館に際しては事前に往復はがきで1週間前までに申し込む必要があり、ふらりと訪れる事はできません。なぜこのような運営方法になったのでしょうか?そして、隈氏が手掛けた建築の中でも特にご本人も気に入っている建築とか…。そんなエピソードも交えながらお話ししましょう。
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■ 記憶の空間を残し、時間経過と共に美しさを増す―村井正誠記念美術館

私が世田谷へ越して来て間もないころはベビーカーを押しながら区内の保育園を見学する毎日を送っていました。その道すがらとても気になる美術館がありました。その美術館は住宅街の中にひっそりとたたずんでいて、何度前を通っても開いている様子がなく、今年の4月まで訪れることはできませんでした。

前を通るたびに気になっていた外観。住宅街にひっそりとたたずむ。

今回のfutakoloco連載執筆のために世田谷区内で隈研吾氏が手掛けた建築を調べていたら、この美術館が出て来たのです。
詳しく調べてみると、開館時期は春期3月~5月、秋期9月~11月の日曜日のみ。開館時間11時~13時、14時~16時。往復はがきで1週間前までに要事前申し込みなど、思いついたらすぐに訪れる事が出来無いのだという事がわかりました。そこで、早速往復はがきで申し込み、毎日ポストをのぞいて返信を待っていると、投函から4日、ついにありました!

来館申込への返信

4月8日11時、約束の来館日が来ました。このコラムをきっかけに訪れる事が出来るのです。その嬉しさといったら。。。ようやく門が空いているのを目にして、長年の夢が叶ったような気持ちで足を踏み入れました。

緑に覆われた同館入口
入口までの通路の両脇に浅い水面があり(水盤)その中に車のある印象的なアプローチ

敷地に入ると、まず水盤と車が見えました。この車は村井氏の愛車のクラウンで、隈氏の提案でここに置くことになったのだそうです。設置のためにクレーンを使ったため、保管の為の金額と合わせると車一台分を買うくらいのコストがかかったのだとか…。

館内から水盤のあるアプローチをみる

館内に入ると、村井伊津子館長が迎えてくださいました。この美術館に前から来たかったとお話をすると、実は2015年4月から3年ほど作品整理の為休館をしていたそうですが、昨年美術出版社の取材を受けた際に隈氏が同館の建物を「最も好きな自作品」と言っていたと聞き、再開することを決めたのだそうです。

そして、現在の日曜限定で予約制の開館スタイルは、来館を希望してくださった方にゆっくりと鑑賞していただきたいという配慮からなのだそうです。

館内の吹抜けが美しい。

「村井正誠記念美術館」は、抽象絵画のパイオニアで武蔵野美術大学名誉教授の画家・村井正誠(1905-1999)の生誕100年を記念して2005年3月29日に開館しました。2001年に隈氏に設計を依頼し、2002年に着工、2004年に竣工し、枯らし期間(新築の建物の室内はアルカリ性になる傾向があります。建材やその接着剤、壁紙の糊など、人体に影響のないものが使われていますが、その発生物質が美術品や古文書などに、どのような影響が出るかわかりません。そこで、美術館や博物館などは建築後1~2年間、空調等をかけっぱなしにして放置し、こうした物質を出し切る期間を設けます。)を経て2005年に一般にむけ開館しました。

村井館長が隈氏へ美術館設計を頼むときにお願いしたのは下記3点だったそうです:

・近所迷惑でないもの
・古くなった時に美しいもの
・しゃれすぎず、やぼでないもの

 個人的にはこの注文について、建築家を信頼してお願いしているなと思いました。
経験上、細かい注文が建物のコンセプトを崩してしまう事は良くあることなので、特に公共に使われる建物はある程度建築家に任せてしまった方が価値のある建物が出来る事が多いからです。

この土地にはもともと村井氏のアトリエがあったわけですが、美術館を建築するにあたってそのアトリエの部分はそのまま残し、その建物部分を取り囲むように美術館を建てました。残されたアトリエ内にはあちらこちらに、昔の面影がそのままに残されています。

写真右下の板張り部分が既存のアトリエ

元々は外部とつなぐアトリエの出入口だった扉。現在は室内に配置され開かない扉となりましたが、トマソン好きにはたまらない様子です。
昔外壁に付いていた電気メーターの後
当時のまま残されたアトリエの中

既存のまま残されたアトリエの話をきっかけに、村井館長が当時の建築中の写真を見せてくださり、当時のアトリエの屋根に使っていた瓦を用いて、この美術館を支えてくれているボランティアの皆さんで塀を作った話や、当時の樹木をそのまま残している話に。そして、村井氏の話になった際に、HPに使われている村井氏の写真はパリでご一緒した際に村井館長が撮影したものだと教えてくださり、パリ旅行の話に花が咲き楽しい時間を過ごせました。

既存屋根の瓦を再利用し、みんなで施工した塀。
どこを切り取っても絵になる風景

竣工した建物は、居心地が良く、ゆっくりとした時間が流れています。村井氏のアトリエをそのまま残した事で、昔の記憶を共有でき、作品だけではなく村井氏と対話をしているような感覚になります。設計依頼時の同館からの要望を満たし、「時間の経過と共に佇まいと空間の美しさが増す」建築がここにあると思いました。

また、村井館長はとても魅力的な方でとにかくお話しが楽しかったのです。伺ったエピソードのすべてをここでお伝えしたいところですが、ぜひ直接伺ってほしいのでここはぐっと我慢します。同館にご興味を持たれた方は、ぜひこの多少ハードルの高い手続きをこなして足を運んでいただきたいです。それだけの価値はあります、とイソマイはお勧めします!予約制ですのでご家族でゆっくりと鑑賞することが可能ですよ。訪れた際には住宅街のなかにひっそりと存在し、その街に馴染む佇まいの同美術館の素晴らしさを堪能していただき、その価値が未来にわたって地域で共有され持続されるようにご配慮とご理解をいただけたらと願っています。次回の開館は9月。秋の佇まいも素敵に違いありません。

◇村井正誠記念美術館
設計:隈研吾建築都市設計事務所
美術館
概要:鉄骨造 地上2階
延べ面積:268 ㎡
竣工:2004年5月

投稿者: イソマイ

暮らしを豊かにしたいという思いから、雑貨、照明、インテリアと学んでいるうちに、建築の面白さにはまる。いくつかの設計事務所を渡り歩き、独立と思った矢先に3.11。ハードだけではなくソフトの大切さを知り、ウェブマガジン『ユルツナ』にて色々な暮らし方を探る。現在は設計事務所に勤務しながら、個人活動として『地域でいろんな世代が集う場づくりPJ』の企画担当。未だに人生という名の旅の途中(笑)。一児の母。