【コラム:ココロを扱うお仕事です】♯21 出水期に「多摩川水害訴訟」と防災について考える

 

決壊のあった「二ヶ領宿川原堰」に建つ「多摩川決壊の碑」

 梅雨の季節ですが真夏のような暑い日が続いていますね。今回のコラムではそんな出水期(しゅっすいき:川が増水しやすい時期。日本では、一般に6月~10月頃が出水期にあたる 河川用語集:国土交通省国土技術政策総合研究所より)にちなんで、1974(昭和49)年に起きた多摩川の堤防決壊の話を取り上げます。いわゆる「多摩川水害訴訟」から、私たちが普段から心掛けるために必要な準備などを考えてみたいと思います。

 1974年9月1日の台風豪雨により、多摩川(狛江市)の堤防が決壊しました。当時の具体的状況については、以下に掲載する参考サイト(狛江市:悪夢のような多摩川堤防決壊)に詳しく記録されていますのでそちらをご参考ください。

 この時の堤防を直撃する激流は、10軒の民家を呑み込み、最終的にはその方向を変えるために自衛隊が出動し二ヶ領宿河原堰の固定部を爆破しました。結果的に2日間で合計13回にもおよぶ爆破となり、幅約12メートル、深さ約2メートルの破壊口が開きついに約50トンの水が流れ始めたのだそうです(国土交通省京浜河川事務所(あの教訓を忘れないために 10 多摩川決壊の碑

 災害から2年後の1976年、家を流された方々をはじめとする原告が国を相手取って損害賠償を請求しました。約16年におよぶこの「多摩川水害訴訟」は、裁判が4回にわたり、一審では住民が、二審では国側が勝訴。これを不服とした原告側が上告し、1992年、高裁に差し戻し審議の結果、原告側の勝訴が確定し、国側が上告を断念したのです。

 この水害訴訟におけるポイントは「工事実施基本計画に沿って改修済みであったのに堤防が壊れた」という点でしょう。

 それまでの河川氾濫に関する訴訟は、住民側敗訴に帰結するのが一般的になっていました。しかし、この多摩川水害訴訟(特に最高裁)は違いました。この判決では、改修済み河川については:

“過去に発生した水害の規模、発生の頻度、発生原因、被害の性質、降雨状況、流域の地形その他の自然的条件、土地の利用状況その他の社会的条件、改修を要する緊急性の有無及びその程度等諸般の事情並びに河川管理における財政的、技術的、社会的諸制約をその事案に即して考慮した上、右危険の予測が可能となった時点から当該水害発生時までに右危険に対する対策を講じなかったことが河川管理の瑕疵に該当するかどうかによって、判断すべきである。”

 として、危険の予測可能性に重点を置いた判断を示しました。そして、裁判所の最終的な判断は:

“本河川及び他県における知見から昭和46年(1971年)には堰、取付部護岸及び高水敷の欠陥から堤内災害が発生する危険性を予測することができた”

 と認定したものであり、改修済み河川に関し管理の「瑕疵」を認めた事例となりました。ここで使う「瑕疵(かし)」とは、法律用語で法律上の何らかの欠点・欠陥を表わす用語です(コトバンク/デジタル大辞泉より)。

 「改修までしているのだから安全である」と言われていても、自然の脅威を完全に予測することはできないことを私たち自身が認識し、その危機感と具体的な防災への備えを忘れないことが大切ではないでしょうか。

 フタコロコでは「かわのまち」である二子玉川でのよりよい暮らしのために、3月のサイトリニューアルに合わせて「二子玉川防災情報案内」ページを設け、ローカルな防災情報を収集し一覧にしました。編集部では、防災の日などこの情報ページについて記事などで定期的にお知らせしていますが、普段からハザードマップなどで危険区域や避難所などについて知っておき、自身とご家族の身を守る対策を各家庭で行うことが大切です。この機会にぜひ目を通しておいてください。

■参考文献
 行政判例百選Ⅱ(第6版)504頁~505頁(2012年11月、有斐閣)
 最高裁判所判例解説(平成2年)1377頁~1423頁

■参考サイト
 多摩川散歩

 狛江市

 国土交通省京浜河川事務所(あの教訓を忘れないために 10 多摩川決壊の碑)

この記事を書いた人

大瀧 靖峰

大瀧 靖峰

弁護士。丸ビル綜合法律事務所(パートナー)。
2015年まで二子玉川に7年間在住(最後の3年間は二子玉川商店街に在住)。
二子玉川街情報プロジェクト「フタコロコ」の法律アドバイザー。

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