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皆さまこんにちはイソマイです。少し前になりますが、GW中に、六本木ヒルズ森タワー53階にある森美術館で4月25日(水)〜9月17日(月・祝)まで開催中の、「建築の日本展-その遺伝子をもたらすもの-」
に行ってきました。
注目は、丹下健三の自邸を1/3スケールで宮大工が再現し、自邸と香川県庁のディテールを見比べる事が出来ること。そして、千利休作とされる茶室「待庵」を実寸で再現し、実際に体験出来ること。私的には、五重の塔からヒントを経ているスカイツリーの心柱構造がわかりやすく解説されている事や、日本の室内のスケール感をインスタレーションで確認できることが勉強になり良かったです。その他、剣持勇や長大作らによる名作家具の展示や体験、注目のコミュニティー、「恋する豚研究所」「いしいさん家」などの展示もあり、日本の建築の歴史の中に日本人のDNAが所々に感じられ、見どころ満載で大変興奮しました。
GW中でしたが午前中からゆっくりと鑑賞出来ました。都内は連休中が穴場の場合が多いので、夏休みにご家族で行ってみるのはいかがでしょうか?
さて少々前置きが長くなりましたが、今回からは「建築の日本展」でも選ばれ紹介されていた、「駒沢オリンピック公園の記念塔と総合体育館」について。こちらも日本人のDNAを感じられる建築物です。第1弾は記念塔についてです。
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■近代の素材と伝統の構造美を融合させて表現する―駒沢オリンピック公園 記念塔
1964(昭和39)年に開催された東京オリンピックの第2会場として競技施設が造られた駒沢オリンピック公園。東急田園都市線駒沢大学駅を降りて10分ほど歩くと駒沢公園東口に着きます。着いたと行っても、駒沢オリンピック公園は41ヘクタールという広い敷地のため(日比谷公園の約3倍にあたります)、記念塔のある中央広場へは更に5分ほど歩きます。
駅からは記念塔の裏手から進んで行くアプローチになりますが、記念塔は高さ50m(12階)あるにも関わらずその姿はなかなか目に入ってきません。公園が広大な敷地であること、敷地の高低差があること、多数の樹木を寄せて植え一つの大きな形になる様な「大刈込」と呼ばれる日本庭園の技法による起伏に富んだ植栽法を取り入れていることなどがその理由です。
また、塔の「正面」ともいえる駒沢通りからのアプローチには大階段があり、階段を一段ずつ登りながら記念塔が少しずつ現れる姿は期待感が深まります。このようなアプローチの仕方は、茶室などでも良く見受けられ、日本人のDNAを感じさせる設計だなと思います。
この記念塔は、オリンピックの象徴的な存在であると同時に、塔内部に電気、電話、給水、放送関連の設備機能を集中させており来場者などの交通を管制する目的があったそうです。そして、現在でも管制塔としての機能を維持しているそうです。
次に、設計者に注目してみましょう。駒沢オリンピック公園の記念塔と総合体育館を設計した芦原義信は、旧ソニービルや東京芸術劇場の設計を手掛けたことでも知られています。
1945(昭和20)年、坂倉準三のアトリエ系建築設計事務所に入所し、1953(昭和28)年、ハーバード大学大学院で修士号(M.Arch.)を取得後、マルセル・ブロイヤーの事務所に入所。建築家にとって憧れの経歴です。外部空間や街並みに関する本も多数書いており、周囲との関係を深く考察し建物だけで完結しない広い視野を持った建築家です。
一般的にコンクリート造というと、塊で重いイメージですが、五重塔にも見られる「多重塔」の架構形式を思わせる表現によって、軒の出や疎垂木(まばらに配置された屋根板を支えるため、棟から軒に渡した木)の表現の様にも見え、縦方向に威圧的に延びる表現というよりは、横線が強調され、落ち着きながらも軽やかなイメージを与えます。
建築物を見るときには、絵画を見るときと同様に遠くから見てみたり、近くで見てみたり、角度を変えたり、目線を変えたりすると、全く違う表情が見える事があります。それも、建築物の楽しみ方の一つですのでぜひお試しください!
皆さんはこの記念塔が見えてくると「駒沢公園に来た!」と実感しませんか?これは、仏閣に見られる五重塔の役割の一つが「地域のランドマーク」であるように、このオリンピック記念塔も周辺の地域で変わらずその役割を担っていることの証ではないでしょうか。
次回は、同じ中央広場にある総合体育館をご紹介します。
◼DATA
◇駒沢オリンピック公園 オリンピック記念塔
設計:芦原義信(芦原義信建築設計研究所)
管制塔
概要:地下1階、地上12階
構造:SRC造
高さ:50m(40m+給水槽10m)
竣工:1964年3月
駒沢オリンピック公園総合運動場
https://www.tef.or.jp/kopgp/index.jsp
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