【インタビュー】東京農大「食と農」の博物館企画展 「美しき土壌の世界」土壌肥料学研究室・加藤 拓教授 (前編)

もしかして今、土壌ブーム!? 土壌の世界に行ってみた~い。 そんなあなたにこの夏オススメしたいのが、東京農業大学(以下、東京農大) 「食と農」の博物館で開催されている企画展 「美しき土壌の世界」。

企画展詳細リンク(東京農大サイト)

同展では、「モノリス」という土壌断面標本37本がアートのように美しく展示されている。 北海道から沖縄までさまざまな場所でできた土壌から作った「モノリス」の鮮やかな土壌を見比べ、体感いただきながら地下に広がる土壌の世界を入り口として誘う狙いがあったという。

そこには、現代の社会課題の大半が「土壌」に関連していること、そしてその課題解決の糸口のヒントを多くの市民に伝えたいという、企画者である土壌肥料学研究室 加藤 拓教授の思いが込められている。

地上の自然観察がライフワークの私も、地下 (土壌) の生態系や物質の循環にも関心を持ち始めている昨今、早速、加藤教授に地域メディアの記者として取材を申し入れた結果、60分もの独占ロングインタビューをさせていただくことができた。

インタビュー前編では、「モノリスとは?」 「始まりは“足尾鉱毒事件”から」 「森林の土壌VS農地の土壌」 「気候変動と土壌」。 後編では、「原発事故(福島)と土壌」 「二元論では考えたくない未来の土壌」 「多摩川氾濫の歴史と二子玉川の街」という構成で、加藤教授から伺った話をまとめ、お伝えする。

東京農大 土壌肥料学研究室 加藤 拓 教授
奥深い世界を私が納得するまで説明を尽くしてくださった加藤教授(6月25日)

モノリスとは

展示室には、日本各地の土壌の断面のモノリス(土壌断面標本)だけが、アート作品のような美しさで配置されている。モノリスとは、地面に穴を掘るなどして現れた断面を、そのままの姿で固定した土壌標本である。企画展「美しき土壌の世界」では、これまで土壌標本の作成と収集を行ってきた川の博物館の前館長、平山良治氏と学芸員の森圭子氏のコレクションから、加藤教授がさまざまな場所や条件からなる37本を選出した。

今回の展示目的は、土を感じてもらうことである。なかなか見る機会がない土壌世界だが、凸凹や石があったりなかったり、日本の北から南まで豊富なバリエーションがあり、北と南が離れていても実は同じような土壌もある。一方で、同じ森の土壌でも西日本と東日本では明るさが違うことを感じてもらうために、解説も入れず、モノリス展示のみで展開している。

展示の協力機関 【埼玉県立 川の博物館】

始まりは “足尾鉱毒事件” から

加藤教授へのインタビューは、明治時代に起きた日本の公害問題の原点ともいわれる足尾鉱毒事件の解説から始まった。

歴史上、この事件は田中正造 (当時の衆議員議員) の直訴によって日本で初めて公害認定された事件と知られるが、田中が直訴できたのも、東京農大初代学長 横井時敬 (1860-1927) が鉱毒で汚染された田んぼの土を帝大に持ち込み、科学分析がなされたから。そのため、横井先生逝去の際には、渡良瀬川沿岸の被害民の代表が巨大な弔旗を持って葬儀に参列したという。博物館入口に常設されている弔旗のレプリカは、彼が農民から大恩人と敬われた証でもある。

東京農大は初代学長から土壌に関心があった、ということが、今回の企画展の経緯の一つという。そのため、展示は横井時敬が残した土壌への想いから始まっている。

森林の土壌(褐色森林土) VS. 農地の土壌(沖積土)

日本の三大土壌型は、日本の森林地帯の70%を占める「褐色森林土」、田畑に適する肥沃な土「沖積土」、そして「黒ボク土」。日本の国土面積の90%がこれら三種で占められている。「褐色森林土」は、東日本では表層が黒褐色、西日本は少し黒味が薄い褐色をしている。モノリスで見比べると、同じ森林土壌でも各々の構成有機物や無機物によって色や質感の違いが楽しめる。

ギャラリートーク(6月29日)座学で解説された「日本の三大土壌型」

川が氾濫してできた物質を材料とした土壌が「沖積土」。1万年ほど前から現在までに山から川の流れと共に運ばれ、堆積された土砂が基となっている。沖積平野の低地(多くの都市)は、川の流れによって形成された地形である。水田に適した肥沃な土壌であり、新潟、秋田、茨城などの米どころで知られる地のモノリスが並ぶ。

農地に適さない火山灰などの土壌地域では、川の近くから沖積土を運ぶ客土農法(どろつけ)という手法があり、数百年前から昭和中頃まで行われていた。その代表的な例が、荒川-大宮台地(現在の桶川市・北本市)である。

「黒ボク土」については、“気候変動と土壌”で後述する。

気候変動と土壌 (火山灰からできる土壌 「黒ボク土」 )

 展示内の「ごあいさつ」パネルには「2050年カーボンュートラル実現への取り組みとして土壌への炭素隔離が推進されています。自然資源はCO2を吸収し貯留する力があります」の下りがある。 取材前に私は、この文章と展示との関連について「はて(・・?)」と、もやもやしていた。確かに気候変動の原因となる温室効果ガス(CO2)を吸収するという農地、森林、海洋のポテンシャルが今、注目されているとは認識していたが、土壌も?土壌すべてに炭素蓄積の能力があるのだろうか?

木村館長による開催趣旨

加藤教授に伺うと、「それぞれの土壌は形成されてきた条件やプロセスによってポテンシャルは異なる」という。そして、日本三大土壌型の一つである、火山灰からできる土壌の「黒ボク土」タイプに炭素蓄積能力があるらしい。日本の陸地面積の30%以上がこのタイプであるが、地球上の陸域面積にすると約1%。つまり、日本の土壌は、世界から見ると珍しいというお答えで腑に落ちた。(高橋.2001.「図4 世界の土壌タイプ森林土壌炭素蓄積量」アンディソル火山灰土壌:参照)。

「黒ボク土」と呼ばれる日本独特の土壌。 炭素(CO2)が貯留できる土壌として注目されている

ところで、なぜ「黒ボク土」は、他の土壌よりも炭素蓄積能力があるのだろうか。

その能力(仕組み)を知る鍵となるのが「腐植」(腐植物質)の存在である。不覚にも私は、全く異なる「腐葉土」と「腐植」を混乱していた。腐葉土は落ち葉などからできた堆肥の一種で、腐植は特に黒ボク土に多く含まれている落ち葉や微生物の分解後の残り物質、または分解しない黒い物質(腐植物質)。さらに、腐植物質の半分は組成が未解明の有機物である。ただ、この腐植物質が多い土壌ほど炭素を溜め込む能力が高いため、土壌の炭素固定能力を理解するには、腐植物質の存在を知ることが前提となる。

仕組み自体は少し込み入った話なので、興味のある方はこちらをどうぞ☟ 

高橋(森林総合研究所)2001.「森林土壌の炭素固定メカニズム」

後編では、原発事故が起きた福島で、土壌が果たしてきた役割などをお伝えします

名称
東京農業大学「食と農」の博物館
所在地
東京都世田谷区上用賀二丁目4番28号

この記事を書いた人

牟田由喜子

瀬田に移り住んで20年余り。二子玉川地域の魅力をしみじみ味わう今日この頃です。

早春には、多摩川河川敷や兵庫島の牧水たんぽぽ碑付近、タマリバタケ、玉川野毛町公園などでタンポポ・ツアーを実施したり、自然観察することで、みんなで社会や環境課題に向き合いたいと思っています。

人も自然も未来に続く日常のために、地域を愛でつつ、学び合い、対話を重ねる時間を大切にしたいという想いを込めて、サイエンス・ワークショップなども実施しています(^^♪