紡がれていく芸術の始まり 「坂本龍一 トリビュート展」 〈後編〉

紡がれていく芸術の始まり 「坂本龍一 トリビュート展」 〈前編〉からの続き

坂本龍一の代表作とは何だろう。戦メリ「Merry Christmas Mr.Lawrence」か。彼の表現はすべてが深淵で清く、新しい。依頼されたスタジオミュージシャンとしての演奏活動や、映画音楽作品であっても、表現のどの断片にも更なる自由さが詰まっている。彼の驚異的な知識や技術はその自由さのために使われていると私は感じるし、その能力にも憧れる。けれど時々、彼の芸術の本質は何なのかと問うてみたくなることがある。

その答えに近づけそうな予感が、今回の内覧会にあった。

坂本さんとICC

内覧会での対談で、ICC主任学芸員の畠中さんは慎重な面持ちで誤解を恐れながらも、「坂本さんの根っこはメディア・アーティストなのだ」と、記者たちに伝えようとされていた。

内覧会にて。畠中実(ICC主任学芸員)×真鍋大度(ライゾマティクス)対談風景

これまでのICCのイベントヒストリーは、坂本さんのメディア・アーティストとしての表現(展覧会)が節目となっていた。そしてICCで実施されてきた坂本さんの展覧会が、中国、韓国、台湾に周回して評価されているのだが、その世界的な評価が日本ではあまり知られていないことを憂い、その想いが畠中さんのお話では強調されていたように私には感じられた。

坂本さんの表現は、どの断片も深淵で自由なのだという所に立ち返りながらも、お二人の対談を聞いていて坂本さんが「先駆的なメディア・アーティスト」であったところに「彼の芸術の本質」があるのかもしれないと、そんな想いが膨らんできた。

ICC(2023)で蘇った、札幌(2014)の記憶

札幌市には、「モエレ沼公園」という彫刻家イサム・ノグチがデザインしたアートパークがある。2014年夏、当時、社会人大学院生だった私は、この作品群に会いたくて、札幌でのゼミの帰りに園内のガラスのピラミッドに立ち寄った。

私の思い出。2014年にモエレ公園で開催されていた「札幌国際芸術祭」展示風景。坂本龍一 +真鍋大度『センシング・ストリームズ―不可視、不可聴』と、坂本龍一 + YCAM InterLab『フォレスト・シンフォニー in モエレ沼』

『センシング・ストリームズ―不可視、不可聴』は現代社会において欠かせないインフラでありながら普段は気づかれない電磁波の流れを、センサーを用いて感知し、可視化、可聴化しているこの作品。今回、ICCの展覧会に合わせて、真鍋さんらがアップデートしているとのこと。

生前の坂本さんは、真鍋さんと作品のアップデートに関して、多くのアイデアを交わしていた。真鍋さんは、今後も人間が通常知覚できない情報を可視化、可聴化することに焦点を当てて発表し続けたいそうだ。

ただし、『フォレスト・シンフォニー in モエレ沼』は、今回のICCでの展示はない。坂本さんらしさを強烈に感じた作品だったので記事で掲載してみた。

国内外の樹木にセンサーを設置し、それらの生体電位をデータとして取得・集積・解析し、音楽へと変換するというこの作品。異なる自然環境にある各地の樹木のデータを音楽として聴くことができて、それらが空間全体で一つのシンフォニーになるというインスタレーションだ。

もっと違う「断面」も魅たいから

10代の頃から『千のナイフ』を磨り減るほど聴き、彼の活動を追いかけて来た私。始まりは、ふらっと立ち寄った矢野顕子さんのライブ(1978)。会場の六本木「PIT INN」は、その日は観客15人ほどでガラガラ状態。その中で、強烈な存在感を放っていたのが、矢野顕子さんのバックバンドとして電気ピアノ(Fender Rose)を、タバコをくわえながら叩いていた坂本さん。横に置かれたアルミの灰皿には、吸い殻が山盛りだったことをよく覚えている。

坂本さんの革新的すぎる活動は知られている通りだけど、六本木「PIT INN」で演奏していた頃の彼を知る私には、数十年後に被災生徒の音楽活動を応援したり、植樹を推進し、最後の力を振り絞って神宮外苑の樹木伐採を反対し都知事に手紙を送る。そういう顔も見せてこの世を去るとは想像もできなかった。

その存在を追いかけ追いかけ、捉えてみるたびに、新しい世界の断面を私に魅せつけてくれた坂本さん。これからも自然、風景、生命、そして人の営みが続く限り、私たちは、あなたの足跡を追いかけ捉え直し続けるでしょう。きっと、もっと違う新しい断面が魅えてくるはずだ。

例えば、『TIME』

「TIMEというタイトルを掲げ、あえて時間の否定に挑戦してみました」と、生前、坂本さんが全曲を書き下ろし、高谷史郎さんとコンセプトを考案した作品とのこと。加えて、福岡伸一(生物学者)さんもコンセプト立案に協力しているという。さて、否定された「時間」の中で、私たちは坂本さんに逢えるだろうか。

おわりに

一介の坂本ファンにしかすぎない私に、内覧会参加を勧め、心行くまで彼への想いを綴らせてくれたフタコロコというメディア。そして、その編集長の小林直子さんの懐の深さに心より感謝したい。

この記事を書いた人

牟田由喜子

瀬田に移り住んで20年余り。二子玉川地域の魅力をしみじみ味わう今日この頃です。

早春には、多摩川河川敷や兵庫島の牧水たんぽぽ碑付近、タマリバタケ、玉川野毛町公園などでタンポポ・ツアーを実施したり、自然観察することで、みんなで社会や環境課題に向き合いたいと思っています。

人も自然も未来に続く日常のために、地域を愛でつつ、学び合い、対話を重ねる時間を大切にしたいという想いを込めて、サイエンス・ワークショップなども実施しています(^^♪