【コラム:イソマイの建築楽(ケンチクガク)】世田谷編#4 世田谷美術館と内井昭蔵


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連載コラム「イソマイの建築楽」第4回は、約半年間の改修工事を終えて、1月13日(土)に再開する世田谷美術館に注目します。

また、1 月 20 日(土)から期間限定で約1年間、二子玉川エリアの3つの美術館(五島美術館静嘉堂文庫美術館世田谷美術館)を巡るバス「せたがや3館めぐるーぷ」がいよいよ運行開始!この時期の3館の展示内容も魅力的なものばかりです。相互割引もあるようなので、チケットは捨てずに次の美術館へ。せっかくの機会、展示と建築を両方楽しみましょう。
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■ 第4回 暮らしに根付いた美術館 世田谷美術館

最近美術館に行きましたか?改まって美術館に行かなくても、新春のこの時期は沢山の美術品に触れ合えます。初詣に行かれた際にもいくつか目にされているはずです。日本の庶民の美術鑑賞の場としては、昔から神社やお寺が所蔵する宝物を定期的に「開帳」する習慣があるからです。意外と身近にあるものですね。

世田谷美術館は区立の美術館で1986年3月30日に開館しました。緑豊かな都立砧公園の一角に位置しています。収蔵している作品は、世田谷区ゆかりの作家の作品のほか、素朴芸術と呼ばれる正規の美術教育を受けていない非専門家による作品(素朴派)を収蔵しており、これらは今日ではアウトサイダー・アートやアール・ブリュット(生の芸術)と言われる、強迫的幻視者や精神障害者のアート作品として認知されるきっかけにもなっています。

それは芸術家が多く在住している世田谷ならではの特殊性で、在住作家の作品調査、研究、収集活動を通じ、それらの作品を積極的に紹介し、展覧会を開催しており、本当に身近に感じられる美術館です。

同館の設計は内井昭蔵。建物の設計コンセプトは「美術と生活を繋ぐ場としての美術館」(内井昭蔵のディテール「生活空間としての美術館 世田谷美術館」彰国社より)。展示作品や世田谷の特性を活かしたコンセプトです。

美術館にも、大小様々なタイプがあります。
国立、都道府県立、区立、私立…その他個人による小規模なものも沢山あると思います。鑑賞(企画展、常設展)、保管、修繕、調査など、その目的によって建物の規模もレイアウトも内容も対象も随分と変わって来ます。世田谷美術館はどうでしょうか?

同館敷地面積は19,000m2、建物面積4,882m2、延床面積8,223 m2。国立新美術館(延床面積47,960m2)、東京都美術館(同33,515m2)と比べれば、小規模ですが、他の区立の美術館と比べると規模は大きいです。例えば練馬区立美術館(同4,270m2)、板橋区立美術館(同2,086m2)、渋谷区松涛美術館(同2,027.18m2)。でも、不思議と大きく感じません。なぜでしょうか?

それは、同館の特徴が広大で緑豊かな都立砧公園の中にあるという環境を最大限に活かし、自然との繋がりを意識して、建物の高さを樹木のこずえより低く抑え、「大きなかたまり」として見えないように空間を分割して表現していることにあります。

昨年6月撮影。緑が綺麗です。

では、早速館内に入ってみましょう。美術館展示室に入ると、すぐ目に入ってくるのが、この美術館の理念を示す言葉です。

ARS CUM NATURA AD SALUTEM CONSPIRAT
『芸術は自然と一体となり健康に導く』

これは、内井昭蔵が著した「健康な建築」の冒頭に掲載された言葉。内井氏の建築家としての思想を示した言葉なのです。

「健康とは〈生きているもの〉の価値基準である。人は病んだとき初めて健康の喜びや健康の価値を知るのであるが、このごろの建築をみていると、つくづく健康な建築の必要性を感じる。最近の建築はどこか病んでいるようだ。人間と建築とを同一に考えることはできないが、健康という価値基準を建築にあてはめることはできる と思う」。(内井昭蔵著「健康な建築」彰国社)

みなさんご存知でしたか?

ヒューマンスケールを意識したディテール、素材感や色調などへのこだわりが、同館の居心地の良い空間をつくっているのだなと感じます。

同館は空間を分割して表現するため、各空間を繋ぐための回廊が出来ています。私はこの展示室とレストランをつなぐ回廊が非常に好きなのです。とくに展示室側からレストランを望む景色は、天井からの自然光が壁全体に回り込み鳥肌もの。「美術と生活をつなぐ場としての美術館」を感じます。「繋ぐこと」が鍵ですから、自然と建造物を繋ぐ、空間と空間を繋ぐ、明暗を繋ぐ、日常と非日常を繋ぐ、内外を繋ぐ・・・色々なバッファーゾーンとしてそこにあるわけですが、ちょっと高級なレストランには行けない時でも、是非体感してほしい空間です。

レストランに向かう回廊の前の空間が非常に好きなのです。

この先がレストラン。

内井昭蔵の祖父は日本ハリストス正教会の輔祭(ほさい、聖職者の職分のひとつ)で日本中の正教会の教会堂の設計に携わっていたことから、昭蔵氏も小さなころから教会建築に触れる機会が多かったそうです。ですから、「非日常と日常を繋ぐ場」の光の入り方も崇高になるのかなと感じます。

その他、中庭に面した給排気口や外部階段にある手すり兼門扉などなど、細部まで見所はまだまだありますが、今回はここまでにしましょう。もっと詳しく知りたい方は、下記の本がオススメです。世田谷区の図書館でも貸し出していますので是非に。

・内井昭蔵のディテール「生活空間としての美術館 世田谷美術館」彰国社

普段は手すりとして、クローズ時は門扉として。

画像は昨年6月撮影。今回の休館は設えについての改修ではなく、設備の改修が中心とのことです。今後、中庭に面したカフェももう少し雰囲気のある空間になるといいなと期待しています。

世田谷美術館には「向井潤吉アトリエ館」「清川泰次記念ギャラリー」「宮本三郎記念美術館」と、分館が3つあるのですが、こちらも魅力的な建築物です。今後コラムで取り上げていきますのでお楽しみに…。

◼DATA
◇世田谷美術館
用途 :公立美術館
設計者:内井昭蔵
延べ面積:8,223m2
概要:RC造 B1+2F+塔屋1F
開館:1986年3月

世田谷美術館でボストン美術館パリジェンヌ展 時代を映す女性たち

http://futakoloco.com/4090

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この記事を書いた人

イソマイ

暮らしを豊かにしたいという思いから、雑貨、照明、インテリアと学んでいるうちに、建築の面白さにはまる。いくつかの設計事務所を渡り歩き、独立と思った矢先に3.11。ハードだけではなくソフトの大切さを知り、ウェブマガジン『ユルツナ』にて色々な暮らし方を探る。現在は設計事務所に勤務しながら、個人活動として『地域でいろんな世代が集う場づくりPJ』の企画担当。未だに人生という名の旅の途中(笑)。一児の母。